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きつね型たちの住処で、あの子にそっくりなもみじさんに、あの子が近くに居ないことを知らされて以来、僕はあの子への気持ちを諦めることにした。
そのはずだった。
何年か後、現在の僕は人間の姿になることに成功し、より人間社会に溶け込みたいと賃貸に引っ越すことにした。
失礼のないように振る舞わなきゃ!お隣さんにもしっかり粗品をもって挨拶しよう!
インターホンを鳴らすと、インターホン越しに声が聞こえる。
「どちら様ですか?」
「あ、っと……隣に引っ越して来たものです!ご挨拶をしに、参りました。」
隣の人はどんな人なんだろう?うまく話せるかな?緊張する!
扉を開けて出てきたのは、黄色髪の女性。頭にはきつねのようなこげ茶の獣耳が生えている。
きつね。
あの子なのではないかと思った。
そう意識してみると、常に相手を警戒しているような張り詰めている感情、森の中で感じたものと同じ雰囲気がある。
あの子と話したいという願い。もう二度と訪れることはないと思っていたチャンスが突然目の前に降ってきて、僕は気持ちを止めることが出来なかった。
確かめたい、あの子であることを。
「……どうされましたか?」
「ぼ、ぼくのこと覚えていませんでしょうか?」
「人違いじゃないですか?」
僕の質問に、考える間もなく即答される。
「会ったときは人型ではなかったんです!昔、小川の流れる森の中に通っていたたぬき型の者です!」
「…覚えがないですね。」
!彼女は表情一つ変えなかったが、返答に少しの間があった。思い当たる節があったのかもしれない。
「森で気絶した僕に寄り添ってくれましたよね!?傷も治していただいて感謝しているんです!」
「私はそんなこと知りません。他の誰かと勘違いされてるんじゃないですか。」
あの森での出来事をあれこれ話したが、彼女は人違いであることを主張する。さっきの間だけであの子であると特定するのは早計だと思った。
彼女があの時のきつねであると認めなくても、せめて本人である確信が欲しい。僕はある作戦に出た。
「……ほら!あの森で会ったあと、しばらくして、きつね型の群れの場所に来たじゃないですか!僕ですよ!りょくです!」
「?いや、知らないです。」
「そこで再会して、仲良くして頂いた者です!」
「え?」
出会ってから彼女が初めて声に出した動揺。
想像していた話と違って戸惑ったのだろう。
僕はあの子と再会していない。
「僕の手料理、また振る舞いますよ!気に入って頂いて嬉しかったんです!また色んなところへお出かけしましょう!もみじさん!!」
ごめんなさい、もみじさん。
駆け引きのために他人を利用してしまったことに罪悪感を感じた。
「私はもみじではなくかえでです。やはり人違いでしたね。」
彼女は、もみじさんの名前を聞いた後、緊張を緩めた。自分が当事者でないことに気づいてほっとしたといった雰囲気だ。
「ぁ、あれ?違いましたか?申し訳ありません。余りに雰囲気が似ていたもので。」
彼女が、かえでさんが、あの子に違いない。
「分かって頂けたらいいんです。あまり思い込みで話を進めない方がいいですよ。」
思えば、初めての会話なのにガツガツと話してしまった。もっと苦言を呈しても仕方ないくらいなのに、優しいなぁ。
「お騒がせしてすみません。改めまして、里山りょくと申します。迷惑かけたばかりで恐縮ですが、お隣同士、仲良くして頂きたいです。こちら、つまらないものですが」
「わざわざありがとうございます。いただきますね。私は瓜川かえで、よろしくおねがいします。」
そう、引っ越しの挨拶を終えると家に戻った。
まさかお隣同士になるなんて。
今日は、いっぱい迷惑かけてしまった。今後は慎重に対応しないと。嫌われないように。
「かえでさん、っていうんだ。」
あの子の名前、やっと聞けた。
ああ、嬉しいな。
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